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尺八の音程 [今日の工房]

このたびの東日本大震災で被害を受けた皆様、そのご家族、ご親族の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

音程について
前回歌口の形状についてお話ししましたが、今回は音程について書きます。
そもそも音程はどのようにして決まるかというと、3つの要素があります。
歌口エッジ部の深さ、指穴の位置、内径の大きさの三つです。

工房で尺八の製作にあたっては工房の規格に沿っておおよその歌口の形を決め、指穴を開けます。そして管内に地入れ後、開けた指穴の位置で正しく音程が出るように内径を削りだしてい行くのです。ですので内径はほぼ同じような広さになります。時に竹材の太さにより指穴や内径を調整し、それに歌口の深さも連動して微調整を重ね、平均して442hzの音程になるよう作ります。ただし、季節や吹く人の息の強さにより音程は上下しますので、先ずは製作者が吹いた場合の正しい音程になりますが……。
いったん完成した尺八は音程が変えられないと思っていたというお客様がいらっしゃってびっくりしたことがあります。買った尺八の音程が低く、先生よりカルようにして吹きなさいと指導され四苦八苦、かわいそうです…….。

それでは歌口や指穴など各部分がどのように音程に関わっているか見てみましょう。

歌口は音の出るところですから音程に関係するのは分かるとして、どの部分かというと歌口前面にはめ込まれている琴古や都山のエッジ部分ですね。吹き口として斜めにカットして出来た窪みの深さが浅いと音程は低くなり、深いと音程は高くなります。流派や年代、製作者によってもかなり深さの設定が違い、後ほど説明する内径や指穴との関係から一概には言えませんが1mmの深さの違いで20〜40centくらい音程が上下します。
これはメリカリの技法というほどもない尺八では当たり前の音程操作で次のように説明されます。

メリ(エッジに唇を近づける):
この部分の面積を小さくして息の流速に抵抗を加え音程を下げる=エッジの窪みを浅くする
カリ(エッジから唇を遠ざける):
この部分の面積を大きくして息の流速にかかる抵抗を少なくし音程を上げる=エッジの窪みを深くする

実際に歌口の上の部分にビニールテープを重ねて貼り擬似的に歌口エッジ部の深さを変えてみたのが以下の写真です。
歌口深3mm.jpg盛り3mm.jpg

都山の歌口は3mmほどの深さで音程が442Hzで−20centと低めでしたが、テープを貼って1mm近く深くすると、最大で+30cent上がって平均20cent高めの音程が得られちょうど良い音程となりました。ただし、音程が全部一律に上がるかというとそうではなくて、歌口に近い裏孔が一番高く上がり、4孔→3孔→2孔→1孔→筒音の順番で上がり方が落ちてきました。適度な深さが得られたのか音量も増し、メリカリが非常にし易くなって音程以上の効果があるようです。ただ、3孔(チ)などは元々高め(+10cent)だったので、強く吹くとものすごく上がってしましました。もし歌口をテープのように加工すると、次に説明する指穴の修正も必要になってきます。
歌口テープ①.jpg歌口テープ②.jpg
歌口深4mm.jpg盛り4mm.jpg

琴古の歌口は4mmの深さがあり、鳴り易く、音程も442Hzで+10centと吹奏には問題ないのですが、やはり同じように1mmほど深くすると最大40centも上がり、今度は風息が混じり吹きにくくなり、メリが困難になってきました。深ければ良いという訳では無いようです。またその逆に歌口を削り3mm以下の深さにすると、詰まったような音になり、音量が落ちてメリが出にくくなる傾向が見られました。

それともう一つ、歌口の深さと顎当たりの関係を次の図に示します。

歌口深さと顎当たり.jpg

上記のように歌口を深くする時に顎当たりの角度を気をつけないと深さは適切でも、かえって吹きづらくなることがあります。
「歌口が深い時」の顎当たり角度2種を見ると、水平の顎当たりでは息の角度が勾配を増し最深部までの距離も遠くなって音が切れやすくなります(緑の線)。角度が傾斜している方が息の角度や最深部までの距離が適切で安定して音が出るようです(赤い線)。
「歌口が浅い時」の顎当たり角度2種では、水平の顎当たりの方が息の角度が適切で吹きやすいのに比べ、顎当たり角度が急だと最深部に向かって息が上向きになって吹きづらくなりました。
このことから、歌口エッジ部の深さと顎当たり角度は連動していて、エッジが浅ければ顎当たりは水平に、エッジが深ければ顎当たりは傾斜をつけるのが良いようです。

さて、次に指穴位置と音程の関係です。
以下に掲げる図は左側に歌口があり右(管尻)に向かって指穴が並んでいます。当然歌口に近いほど音程は高くなります。
指穴位置大きさと音程.cwk-(D.jpg

図①は同じ音程でも指穴の位置が歌口に近ければ穴は小さくなり、歌口から遠くなれば穴は大きくなるという図です。図②は同じ位置に穴が開いている場合、穴が小さければ音程は低くなり、穴が大きければ音程は高くなるという図です。
歌口のところで説明したように、開口面積が小さくなればなるほど抵抗が生まれ、音量音程が小さく(低く)なり、逆に開口面積が大きくなれば音量音程は大きく(高く)なるのです。ツメリ(ツの半音)リメリ(ハの半音)などはこれを利用して音程を作っているのですね。

さらに、実際に尺八を作ると指穴の深さによって音程が高めになったり、低めになったりします。
図③で見るとおり細い尺八でちょうど良い音程が得られている時、それよりさらに太い尺八で尺八を作ると指穴が深くなり、音程が低くなります。そこで指穴の内側を歌口方向へ削ったり、指穴自体を大きくしたりして音程を合わせる作業をします。音程が高い場合はこの逆に管尻方向へ穴を埋めて下がるようにするか、最初は小さめに穴を開けておいて製作しなが大きさを調整するかします。ほぼ全ての製作時にこの作業はかかせませんね。製品ですから指穴を移動すると移動痕が残ってしまいますので商品にはなりません。太い尺八は要注意!

修理調整依頼の時はこの限りではありませんから、指穴の移動を含め、さらに首のところで切って全長を伸ばしたり縮めたりすることは常時行います。
音程の微調整は歌口、指穴など構造が分かっていればご自分で出来る作業の範疇だと思います。水道管などで実験しながら歌口と指穴位置大きさの関係を習得されることをお勧めします。

最後に内径と音程の関係です。
江戸時代にほぼ姿形が決まってきた尺八は、本来管内に何も細工されない地無し管だったと思われます。
竹を掘り、節を抜き、歌口を切って、指穴を開けただけの素朴な楽器ですね。しかしそれだけでは鳴らない尺八があったり、音程が合わない尺八もあったでしょう。そこで皆同じように鳴るために管内に粘土状の漆を塗り込め、削りだして一定の内径を作り出す技術が生まれました。
地無し管は管内の広さによっては1尺8寸の長さでも1尺9寸に近い低い音程になってしまうことがあります。
それでも細めの竹を選べば管内もちょうど良く1尺8寸(54,5cm)で音程も現代のチューナーでぴったりという尺八はあります。

チューナーも何もない頃どうやって指穴を決めたかというと十割法とか九半割法とかいって、尺八全長の2割近くの長さを算出し(全長×0,225)、それを管尻から1孔までの長さとするのです。そして2孔3孔4孔は1孔より全長の1割の長さに均等に開けます。最後に5孔をその1割の5分4前後の位置に開けるという誰が考え出したか複雑な算出方法ですが3孔(チ)や5孔(裏穴)が高くなります。
明治以降管内に「地」を入れて内径を加工するようになり、地無し管よりは管内の径が狭くなります。
管内の体積が小さくなるのですから音程は上がってきますね。
そのため次の表に見られるように明治以降現代までだんだん全長は長くなり、指穴の位置が下がって来ています。
指穴配列表.cwk-(SS).jpg

つまり管内が狭くなれば音程が上がるので指穴は下がり、管内が広くなれば音程は下がるので指穴は上がります。なのに指穴は地無し管に近い位置のまま管内を狭く作れば音程は高くなってしまうので、指穴を小さくし、歌口は浅くすれば音程は上がりません。しかし、しかし音量が無く鳴りづらくなることもあるのです。

広い内径.cwk-(DR).jpg

最後の図は黒い線で示したグラフは現在一般に製作されている尺八の標準的な内径で、赤い線は琴古の戦前の演奏家にして製作者三浦琴童作のの尺八内径グラフです。赤い線の尺八は1尺8寸の長さに足りなかったり、管尻や指穴が極端に大きくなっていたりして音程を確保するのに苦労した形跡があるものを見たことがあり、良く鳴る尺八として戦前に家1軒建つほどの値がついたとか聞いたことがあります。

指穴対比写真.jpg
指穴対比写真
上2本は琴古の古い尺八、一番下は私の使用している尺八


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大竹

はじめまして。突然の投稿、お許しください。私が持っている6寸管は、甲チの音だけが調子が外れています。ロツレチハロと吹いてみると、乙音のときは異常ないのですが、甲音になりますとチの音だけピーと音階から外れた音がします。吹き方を変えてみても直りません。そこで何かお知恵を授かりたいと思いました。お時間のあります時にお返事いただけますと幸いです。
by 大竹 (2019-09-09 18:35) 

船明啓耳

実際に拝見しないと分かりませんが、原因は3つ程考えられます。
1,上管歌口からおおよそ7cmまたは14cmの位置のどちらかの管内径が広いか狭いかの原因で大甲音になってしまう。
2,指穴位置が通常よりも上に(歌口寄り)に開いている。
3,竹材が太いため指穴が深い。

1,は管内径が悪いということです。この位置が甲乙の「チ」のポイントなのでこの場所に新聞紙を2枚重ね3×1cmの長方形に切り水に濡らして上記管内の位置に置いて吹いてみる。改善されればその場所が広すぎるということ、さらに悪くなればその場所は狭すぎるということになります。
2,は指穴の正しい位置があり、そこから外れると乙甲で音程が合わなくなることがあります。その時に甲音が割れる・大甲音になるなどの症状が出ます。
3,は太い竹材は管内から外まで指穴が深くなります。細い竹材で製作した6寸より太い竹材で製作した6寸は指穴が深いため音程が低くなります。それを補正するため指穴を大きくしたり片側を削って音程を上げようと加工します。その時に管内径のバランスが悪くなったり、指穴を削ることで上記2,のように指穴位置の移動という結果で甲音が悪くなると考えられます。

他にも複合的に原因はあり、吹いてみればすぐに原因は分かります。
一度工房で見てみましょうね!
by 船明啓耳 (2019-09-29 10:19) 

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