修理その7 尺八の内径構造 [今日の工房]
尺八の鳴りが今ひとつ悪いと感じた時、ほとんどの人が歌口をいろいろといじって成形します。音程調整のため指穴を縮めたり削ったりもします。がしかし内径に手を入れるという人は先ずいないでしょう。それは内径の構造がどのようになっているか分からないのでうかつに削ってしまって壊れるのが恐いからでしょうね。修理として持ち込まれる尺八の7割は何とか鳴るようにして欲しいということからも内径の調整は未知の領域のようです。
では尺八の内径構造はどのようになっているのでしょうか。
1尺8寸の一般的な内径の構造と鳴るようになるための各ポイントをお話ししましょう。
図1
図1は尺八(1尺8寸)の歌口から管尻までの間の直径をグラフに表したものです。
歌口の入り口で20mm、中継ぎで17.5mm、一番狭いのが1孔の穴より4cmくらい下がった所で15mmその所から管尻の出口に向かって広がっていくのがよく見られる1尺8寸の管内直径の構造です。このようなカーブを描かないと尺八という楽器はオクターブ(甲乙)が合わなくなりますし、どこかの直径が大きかったり小さかったりすると鳴りが悪くなったり詰まったような音になったりと吹きにくい現象が現れます。そしてこの「どこかの直径」というのがこのお話のキーワードです。
図2
図2は尺八の各音を調整する際の調整点を表したものです。簡単に説明しますと例えば「乙のロ」は全指穴を閉じた54.5cmの長さの管を吹いているわけですから「甲のロ」はその半分の長さにすれば出るとして全長の半分の所(中継ぎ付近)に調整点があると考えます。さらに全長の1/4の所は大甲(ハの五/ピ)の調整点、3/4の所も乙甲両方の調整点があると考えられます。同じことをツレチリ(ハ)で各調整点を書き出したものがこの図というわけです。
試しにこの調整点を探してみましょう。新聞紙を縦横3cm×2cmの大きさに切って4枚重ね、水で濡らして尺八管内に置いてみて下さい。長い割り箸状の棒でその紙を各ポイントに動かしていきます。各1/2、1/4、3/4の所で音が詰まったり割れたり音程が上ずったりする現象が起きると思います。(1/2の所が一番大きく変化する)その紙を置くことでその部分の内径が狭くなり音に影響するということが体感出来ると思います。修理はこの各部分が適正な内径か又は各ポイント間のバランスがうまく保たれているかを診断し、正しい内径に削る(埋める)作業を行うということをしているのです。
例として「レ」の調整を図解してみましょう。
図3
図3は歌口入り口よりレの1/4くらいまで狭い内径を持つ尺八です。この場合適正な内径より狭い歌口近辺を削るか、又はこの部分が狭いことにより相対的に1/2の部分が広いことになるので1/2の部分を狭くする2通りの修正が考えられます。
図4
図4は1/2の所が狭い尺八で同じように考えるならここを削って広くするか1/4、3/4のところを埋めて狭くする調整になります。
図5
図5は3/4の所が狭い尺八、ここを削る又は他の部分を狭くするということです。
図3と図5は1/2の所が広いという構造なので乙のレの音程が低めになる、音質が薄い、吹き方によっては音が割れるという鳴り方がします。図4の場合は反対に1/2の所が狭いので乙のレの音程が上ずる、音質が詰まったように吹きにくいなどの現象が現れます。
以上の3つの場合と逆に各部分が広い構造を持つ尺八ではいまの逆の作業をするわけですね。これがレだけの場合であれば簡単なのですが、図2のとおり各音は1/2、1/4、3/4で重なるか接近している場合もあり、削るか埋めるかを決定するのは熟練を要します。
内径の大小はまた音程にも影響します。内径が広ければ音程は低く、狭ければ高く出ます。工房製品は工房の内径ゲージに沿っておおよそ皆同じような構造に削り出していきますので、その内径に即した全長や各指穴位置を規格として設定しています。一方他社製品では規格が違いますので狭い構造を持つ尺八の場合は内径を削り出して広くするように修正すると音程が低くなる場合があります。逆に広い作りの尺八では逆の現象が起こります。これらの場合は音程調整も視野に入れながら広げるか狭めるか.....もうパズルのようなものですね。
というように一筋縄ではいかないのが尺八の内径構造でありまして、製作することはもちろん修理として持ち込まれる他社製品を修正するには細心の注意が必要となります。
私自身30年近く製作修理してきた間には間違いや勘違いで充分な調整が出来なかったことがいっぱいありました。自分の吹く能力範囲内で考え,調整してしまってお客様の要求や吹きやすさを充分に理解していなかったことが原因です。その場合には何回でも無償で直すこともありました。今でもお客様に満足いただけるまでは何回でも修理調整に応ずる姿勢に変わりありません。ひとりでも多くの人に吹きやすい尺八を手にして欲しい、演奏を楽しんで欲しいという願いがまた私の尺八製作の出発点でもありました。
次回はさらに各ポイントを詳しく解説してみましょう。
尺八修理その6 中継ぎ隙間 [今日の工房]
他の音は問題がないが特に乙のロだけ極端に甲になってしまう。
修理依頼を受けて歌口や内径の一部を手直しするのですがまだ治らない。ちょっと困ってしまって考え込みます。原因が特定出来ないのでこういう尺八は慎重になります。あちこち調査して意外にも中継ぎに隙間が空いていたというお粗末な作りに原因がありました。
実はこの隙間によるトラブルは修理のなかでかなり多くありまして、最近は歌口の他に中継ぎを先ずチェックする癖がつきました....。
このような尺八が販売されるということは製作者の技術的なレベルもありますがチェックがなされていないということに尽きますね。出来上がった尺八の性能点検と品質管理(歌口の加工、中継ぎジョイント部分/装飾部分、根処理、割れや傷など工作部分の出来上がり具合の点検)が出来ていないということです。
安い価格で販売される尺八に多く見られる事から、製作工程を簡略化して大量に製作しチェックをするより販売利益を優先した結果と言えます。
当然と言えば当然の結果が現実に商品として出て来て、内径の不良(一部の音が出にくい、または鳴らない!)、音程の不良(音程をチェックしないか、または吹奏能力が低い)、歌口の不良(吹きにくい、疲れる)中継ぎの不良(中継ぎの隙間、緩み)などの修理依頼として工房に持ち込まれるわけです。
最近の食に関する生産者や販売者の不正とごまかしを見ていると消費者をだますというより「どうせ分からないだろう」という舐めきった態度、考え方が根底にあるように思われます。
尺八製作者も「どうせ尺八人口の9割は趣味で演奏している人だし、性能の善し悪しなど分かる人はそんなに居ない。安けりゃドンドン買ってくれる、いちいちチェックしてたらきりが無いよ!」と思っている人が少なからずいると断定できますね。
◯隙間のチェック
新聞紙を水で濡らして「こより状」にします
中継ぎの上管に丸く置きます
上下管を繋いで外の接合部がぴったり合うと隙間がある証拠。
隙間が無いと接合部は新聞の厚さだけ入らない
4孔から斜めに中継ぎを覗くと新聞紙が見える。
この尺八は2mmの隙間がありました
修理としては隙間部分に竹でリングを作って埋め込むとか「地」を塗り込んで研ぎ出すとかして隙間を埋めます。
尺八修理その5 歌口形状の問題点と修正 [今日の工房]
音が出しづらい、音程が安定しない、演奏中音が切れる、だんだん音が出なくなる、疲れるなどなど.....。本人は原因が分からず、尺八のせいなのか自分の演奏能力なのか?と悩んだあげく先生や同門の方に相談すると「吹き込みが足りない」「メリカリの仕方が悪い」「口元だ持ち方だ」等々本人の能力に原因を挙げるばかりで尺八の性能や欠陥に言及することは稀ですね。
尺八演奏を楽しむアマチュアから専門のプロまで尺八の構造や音の出る仕組みをよく理解していない人が多いため演奏時に起きる「尺八本体が原因のトラブル」に対して対処出来る知識が無く、その結果、自身の吹奏に関する体験を当てはめて相談者へアドバイスするしかないのが現状だからでしょう。
先ずこんなときには歌口を疑ってみましょう。たとえ歌口が原因でなくても少なくとも歌口の形状について把握しておいても損はないでしょう。
工房の尺八修理で一番多いのは歌口調整ですね。というより尺八調整として依頼を受けるとき真っ先に見る場所は歌口です。
吹くよりも先ず歌口の形状を観察するのです。
息を吹きかけて音を発生させる場所です、ここが悪かったらいくら口元を工夫しても、持ち方を工夫しても、吹き込んでも音は永遠に良くはならないのです。
慣れてくれば解決するという人もいますが、本人にとってより吹きやすいと思われる歌口に修正すると、もう元の歌口は吹くのがつらくなるという状態を日常的に見てきました。
誤解の無いように確認しますが、歌口の形状を修正すると吹きやすくなる、音程が安定する、長い曲を吹いても疲れないなど演奏に伴うトラブルが減少または解決するということで「演奏が劇的に上手になる」「プロのような音になる」ということではありませんので念のため。それ以上はご本人の努力以外にはありません。
写真①
写真①は歌口上部左右の高さが違う歌口です。製作時の鋸の入れ方、磨く時の力加減で傾くようで言わば製作者の癖ですね。この製作者の作る尺八は皆こうなってしまいます。
写真②
横の径23mm縦の径21mm歌口修正後
写真②は歌口入り口の径の大きさですね。琴古流の尺八に多いのですが入り口径がやたら大きく、親指がスッポリ入ってしまうというものです。
あまり小さいのも吹きづらい原因となりますのでちょうど良い塩梅がありそうです。
私の経験では縦幅が20mm、横幅が20mm〜21mmがちょうど良いようです。何故かと言えば、入り口径が極端に大きいと息を吹きかけるちょうど良い場所から唇が遠くなり、口を歌口に乗せてからその良い場所へ移動のため調整する手間が必要になるからです。よく演奏直前にモゴモゴと何度か歌口を探っている人を見かけますが、癖になっているというより歌口が広いのかなと思っています。
唇に歌口を当てたらすぐに音が出せないようではメリカリや乙甲の音の飛躍の度に唇がずれてしまいます。
写真③修正後
写真③は入り口形状のいびつな場合ですね。これも製作者の癖が大きく出ます。この尺八の場合、右横と左下がいびつにふくらんでいます。メリカリの際にこの膨らみの分だけ右や下に唇が持っていかれて唇がずれて来る場合があります。この尺八の使用者は右に唇が沈むのでしょう、右前に唾液の結晶がくっきりと残っていました。
写真④エッジ深さ3mm修正後4mm
写真④は前面のエッジ部深さです。あまり浅くてもまた深くても具合が悪いですね。4〜5mmの間がベストと思われます。この尺八のように3mmと浅い場合、息を吹きかけて空気の振動を音にする尺八では大きな振動が得られず,言わばメっているような状態になります。それゆえ奏者は豊かなまたは大きな音を出そうとする時カリ気味にしてエッジ部を深くしようとします。この時音程が上ずる傾向があるようです。息を強くして音量を得ようとしてもエッジ部が狭いため、詰まったような音になる、音が切れる、雑音が増えるというトラブルにつながるようです。また逆にエッジ部が深いと常に雑音が入る、薄い抜けたような音になる、音程が高いなどの影響があります。またこのエッジの深さで音程が変わるので、音程が低いとか高いとか言われる方はこの部分の調整で簡単に修正が可能な場合があります。ちなみにエッジ部の深さを3mmから0.5mm深くすると20centほど音程が上がりました。
この歌口の調整は「エッジの深さ」「入り口の径」「顎当たり角度」の3つが連動しており、どれか一つを調整すれば良いということは絶対ありませんのでご注意ください。またエッジの調整は音程がかなり変わりますので音程調整も必ず必要になってきます。
尺八の具合が悪くて、一人しげしげと尺八を眺めているとどこかいじってみたい衝動にかられます。まさか内径をガリガリと削るわけにはいきませんで、歌口をちょっと削ったり,盛り上げたり........。
大事な尺八ですからなるべく順当な手順を踏んで着手しましょう。
「いびつな所はないか」「適正な大きさか」「道具はそろっているか」
そして失敗した時に相談してくれる親切な製管師はいるか?
ここにいるよ!
瞬間接着剤アロンアルファと竹粉糊付きサンドペーパーと装着板竹粉を接着剤で固めるまっすぐに削る削り後モーターで整形、無ければ12mm程の丸い円柱にサンドペーパーを貼付けて気長に削る
尺八演奏 於:浜名湖 [今日の工房]
実家は前にも話しました通り曹洞宗の寺院で兄が住職を継いでおります。その関係で時折このような催し物のアトラクションや寺院での音楽会に呼ばれることがあります。
今回は静岡愛知岐阜三重の東海4県で構成される曹洞宗東海管区の婦人会による研修会で「尺八演奏とお話」を頼まれたわけです。会場は浜名湖の畔に建つ遠鉄ホテルに常設されたホールでした。研修会は1泊2日で行われ、他にゲストの講演やお坊さんによる法話、活動報告会など盛りだくさんです。私の出番はプログラムには研修会の最後の「清興(せいきょう/利欲を離れ俗塵を去った風雅な楽しみ、品のよい遊び)」と書かれております。ちょっと私の雰囲気では無いかなあ...。まあ、お疲れさんとして皆さんの肩ほぐしですね。
舞台中央にはお釈迦様の絵と花、食物などが供えられ、その前で演奏。
この構図ちょっと他では見れませんね
さて、演奏を始める前に先ずは楽器の歴史などを簡単に話し始めます。
お客様はお寺の奥様か檀家さんですので虚無僧や普化宗の話は結構興味津々でした。
虚無僧音楽の例として「雲井の曲」を披露。
尺八だけでは寂しいので箏の伴奏として家のカミさんも同行し、宮城道雄作曲の「泉」を演奏しました。
話は明治以降の邦楽の近代化に移り、楽譜の整備、新しい曲の作曲などとともに楽器の改良・指導方法も進化していることを話しました。いつまでも「首振り三年」と蔑まれている場合ではないのです。
ここで婦人会よりの要望で「まごころに生きる」という曹洞宗の御詠歌を箏尺八にアレンジして演奏しました。「梅花流詠讃歌」と言いますが鈴鉦を鳴らしながらお釈迦様・曹洞宗の創始者道元禅師を讃えご先祖を敬うこころを唱える歌です。
ところでこの「まごころに生きる」ですが実は作詞作曲が南こうせつなのです。
南こうせつの実家は大分県にある曹洞宗の寺院で本人は私と同じ次男、兄が寺を継いだ関係で曹洞宗よりこの梅花流詠讃歌の作曲を依頼されたのだそうな。この曲はCD化されて全国の曹洞宗関係に配布されております。ギターとシンセサイザーの伴奏によるこの歌は、底辺にあるメロディーは詠讃歌をおおまかに踏襲しつつも「こうせつ節」が全体を包みさわやかなフォークソングの趣です。
歌詞:そよ吹く風に 小鳥啼き 川の流れも ささやくよ
季節の花は うつりゆき 愛しい人は 今いずこ
※ほほえみひとつ 涙ひとつ
出逢いも別れも 抱きしめて
生きてる今を愛して行こう
広がる海は はてしなく 全ての命 はぐくむよ
人の心も おおらかに 互いを敬い 信じ合おう
※
幼い頃に いだかれた 温もり今も 忘れない
この世でうけた 幸せを そっとあなたに ささげましょう
※
※繰り返し
尺八でメロディーを歌い出すと客席からも唱和する声があちこちから聞こえ、うーん宗教団体のコンサートですね。
次は新曲で、三曲あさおでお世話になっている大喜多史朗さん作曲の「green wind」を披露しました。箏尺八二重奏で5分ほどの小曲ですが初夏のさわやかな風をイメージした大喜多サウンドです。5月に出来たばかりでちょっと曲想がおぼつかないけど初演ですからまあこんなもんでしょうという演奏でした。
最後は喜多郎作曲の「シルクロード」を三塚幸彦編曲になるカラオケを使用して演奏、1時間ほどのミニコンサートを終了しました。
たくさんの拍手と一緒に「風雅な楽しみ」のひと時を過ごしたという感謝の言葉をいただきました。
邦楽でも楽しい演奏はあるのですよ!というコンセプトでこういう音楽ショーを続けていきたいですね。
尺八修理その4 [今日の工房]
私の愛用チューナー「KORG TM-40デジタルチューナー・メトロノーム」¥3,980
尺八は長さ約54,5cmで筒音は壱越(D、レ)というように言われております。
確かにチューナーがこれだけ発達して誰でも持っている時代ですから、製作する際にも先ずは音程を気にかけます。筒音の音程は何ヘルツで調律されておりますか?などとお客様に聞かれたりもします。しかし尺八という楽器はまた大きな歌口に向けて息を吹きかけて音を出すエアーリード楽器ですので息の当て方、角度、強さなどで微妙に音程が動きます。正確に音程を定めるには熟練を要する楽器でもあります。実際同じ1尺8寸なのに442Hzでチューナーをセットした時、+30centも高く吹く人もいれば−30centにも届かない人もいます。
また尺八によっては全体ではなくチやロといった特定の音だけが高い低いという場合もあります。
たくさんの生徒さんを教える先生はレッスン時にこのようなばらつきのある音程を指導、修正する事の難しさをよくおっしゃっております。
音程を調整する方法としてよく言われるのは「カル」「メル」といった尺八を吹く時に歌口に接している顎の角度を上下に動かして音程を上下させる技法でしょう。わずかな音程のずれであればビブラートの範囲内で調整できるかもしれません。しかし30centを超える音程のずれでは、この方法では常時メルかカルかしていなければならず、自分にとっての吹きやすい位置をわざと外して吹くことになり生徒さんにとっては不自由な演奏を強いられることになります。慣れてくればその位置で自由に吹くように出来るかもしれませんが、尺八にはさらに指穴を半分以上塞いで半音を作る「メル」技法があるため、メって吹いている状態からさらにメリの行為を重ねる事はかなりの困難を伴います。その逆もありえるわけです。特定の音を上下させるだけの時にもこの方法は不向きといえましょう。
では尺八本体を加工して音程を整える方法を見てみましょう。
先ず特定の音を調整する方法ですが、穴の内側を削るか大きさを変えて音を上下させる方法です。歌口に向かって斜めに削れば音程が上がり、管尻に向かって削り反対側を埋めるようにすると下がります。
指穴を小刀で削る
指穴の穴の大きさを大きくすれば音程が高くなり、小さくすると低くなります。もっと大きく音程を変えたい時には指穴を埋めて開け直すといったことまで可能です。
鳴り方が変わってしまうと敬遠する方もいらっしゃいますが、小さな修正ではあまり影響は出ません。音程が低く指穴の内側を大きくえぐった時や、太い尺八で指穴の深さが1cm以上あるものを削る時などは、音質や鳴り方が変わる事があります。これは削る事で管内の径が広くなり響き具合に影響が出るからです。しかし削った分だけその部分の管内の径を戻してやれば元に戻ります。尺八製作者に依頼するのがベストですが、実際に確かめることもできますのでそのやり方を見てみましょう。
削った指穴の真下に濡らした新聞紙を2枚重ね置いてみる。
ビニールテープを2枚重ね貼ってみる。(ちょっと難しいのですが上手く貼るとしばらくははがれません)
全体の音程を上下させる方法としては全長の長さを変えてやることです。
歌口下1cmくらいの所で切断、ホゾを入れて伸ばせば音程が低くなり、短くすれば高くなります。
ホゾを入れて伸ばす(音程を下げる)
ただし、ロツレチハ(リ)全部の音が均一に上下するかというと実はそう簡単ではありません。歌口に近い順番で音程が影響を受けるのです。つまり裏穴のイ(ヒの五)が一番大きく上下し、ハ(リ)チレツそして筒音の順で上下の幅が小さくなっていくのです。従ってレツロあたりの音は少し指穴を上下に操作したり、管尻を縮めたり反対にラッパ状に広げたりします。大きく音程を下げる場合は管尻にもう一つ根を足したりする場合があります。
管尻の径を縮める(音程を下げる)
根修正前
根を継ぎ足し磨く
上下する幅が大きいほど、この作業は必要となります。またこの応用として正寸を正律に直す時も全長を伸ばして、必要に応じて指穴を移動したり、管尻を調節したりします。
首を伸ばした後化粧の籘を巻く
尺八修理その3 [今日の工房]
工房船明も1周年となります。皆様のおかげをもちまして軌道に乗り、製作修理に邁進しております。
今年前半の冬場、寒暖の差が大きかった月には割れ修理が多く持ち込まれ、改めて竹は割れるものだと思いました。気になった修理をいくつか紹介します。
割れ修理をしてある尺八なのですが裏側に返してみてびっくり!割れ目が閉じていませんよ。こりゃ籘の下は糸で締めていないかな?と思い開いてみることにしました。
中から出て来たのは糸ならぬ「太い針金」でした。針金を隠すために深く切り込まれた溝は管内まで数ミリの厚さしかなく、これでは針金で巻いても内側に食い込むだけで割れを締める効果はほとんどありません。おまけに中継ぎのホゾ部分まで亀裂が入っていて下管を差し込むと亀裂が開いてしまました。これは杜撰な修理というより割れ修理というものがよく分かっていない人の例でした。
ホゾの亀裂では他にも割れ修理は完璧なのですが中継ぎの金属の中の糸巻きが不完全で息漏れがするケースがありました。中継ぎを挿入すると4孔下の割れ修理部分の籘と金属の間の亀裂が少し開くのです。吹いてみるとどことなく鳴りが弱いのですが、しばらく吹いて管内に露が流れ出す頃から鳴りが良くなるのです。
上管のホゾの内側には「地止め」といって中継ぎに使用する竹のホゾの一部が4mmほど嵌め込まれています。下管を挿入した際に上管の糸巻きが弱くて亀裂が開くと、この嵌め込まれたホゾと上管の胴体部分が剥離してわずかな隙間を生じることがあります。指穴の真下でもあるのでこの辺の亀裂は要注意です。修理は中継ぎの金属を外して糸巻き直し金属を再度嵌め込み、籘を巻いて元通りに復元しました。
このような中継ぎ付近のトラブルではもう一つ、7孔にした穴からの息漏れで鳴らなくなったケースがあります。ご覧のように中継ぎの籘の部分に開けた指穴に亀裂があります。籘と下の地の面が剥離して隙間が出来ると管内の気密性が保たれなくなり乙の「ロ」は音が出なくなるか甲になってしまうかしてかなり吹きづらくなります。このような7孔改造した尺八によくある現象で、ある日突然音が出にくくなるということがおきます。「あれ!今日は調子が悪いなあ、唇ががさがさしているからかな?体調が悪いかな?」などと原因が分からずあわててしまったと修理依頼で来られた方は皆言います。
このようなケースでは先ず原因を特定しましょう。一番簡単なのは水の中に尺八本体をドブンと浸けてしまいます。30秒ほどで引き上げすぐにびしょびしょのまま吹きます。音が元通り出れば割れか指穴からの息漏れということになります。上管下管片方を水に浸けてどちらかを特定することもできます。さらに7孔の指穴の場合は写真のように濡らした新聞紙を2枚重ね、2cm四方の大きさに切り内側から貼付けます。それで吹いてみて音が元通り出ればここが原因と特定出来ます。
穴の亀裂の他金属リングに沿って隙間が出来ても息漏れする事がありますのでアロンアルファなどで亀裂に沿って浸透させてみて音の出具合を確かめましょう。(管内に流れ出ないよう注意!音が出るようならそれで充分1年は保ちます)
割れやこのような指穴の亀裂は修理の善し悪しや漆の塗り加減でトラブルの発生具合が変わりますので信頼出来る所で修理しましょう!
※鳴らなくなったといって修理に出して、このような原因にもかかわらず全体を修理しましたと言われ高額の修理代金を請求された例があるので要注意。
尺八レッスン [今日の工房]
山形県よりE さんが尺八のレッスンに来られました。
E さんのご希望は「地唄」の稽古です。
私も今は退会しておりますが鈴慕会に在籍し青木鈴慕師の下でしごかれましたので得意メニューです。
昨年より始めたレッスンですが今年に入って日本列島を襲った寒波の影響で大雪が降り、山形在住のE さんは雪かきに追われ尺八を吹くどころではない状態だったそうで、3月に入りやっと一段落。いまだ雪の残る山形から工房へ来た日はぽかぽかの陽気でE さん曰く「夏のようですね!」
レッスンの曲は昨年よりブランクがあるので音慣らしに初伝曲「新高砂」「里の春」。
昨年の奥伝「八重衣」より一気に戻って,私もこの曲久しぶりでした。
レッスンは地唄のテクニック的な表現の稽古よりリズム感を保つ事、メリ音や音の刻みで音程が揺れないように,音が曖昧にならないように、そして息継ぎをしっかりと素早くといった基本を中心にじっくりとさらってみました。最初は音が本調子ではなく苦しそうでしたが後半は本来の音が出るようになりました。
そして雑談....骨董市での尺八の話、山形での三曲事情、琴古流諸先生方の話題、尺八製作、などなど話は尽きずあっという間に3時間が経ってしまいました。
帰り際に尺八表面に塗る油について話題が出たところ、カバンから一瓶取り出したのが「丁字油」でした。
刀剣の維持管理に用いる昔から重用されている油とのこと。防錆・防腐効果があるそうで竹によく馴染み、ベタベタせず酸化しにくいのでお勧めですよと置いて行きました。
さて、私初めて聞いた名前なので興味津々。しかし家のカミさんに聞いたら「あら、それ香辛料のクローブね、化粧品なんかでもエッセンシャルオイルとして「クローブオイル」なんてあるわよ」だって。そこでインターネットで調べたら以下の資料がありました。
http://www.geocities.co.jp/Foodpia/8833/bumbu1.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/オイゲノール
http://www.geocities.jp/kinomemocho/hamono_chojiabura.html
刀剣用の丁字油は結構値段が高いものもあるようだが中身が丁字ではないかも知れぬという。だったらクローブオイルでも良いのかな?でもこれも高いし、薬用なんていうのは希釈して使用などというものもある!しかし成分に含まれるオイゲノールなんていうのはただの油より何か効きそうで?しばらく使ってみようかな.....。
尺八修理その2 [今日の工房]
都山流の歌口
歌口を交換してほしいという修理が入りました。それも流派の形を都山流仕様から琴古仕様にということでした。この歌口の形ですが、単なるデザインが違うというだけの話なのですが、やっかいなことに流派が一人歩きをしてしまって、形の違いではなく、音色や性能まで違うとまで言明する人がかなりいらっしゃいます。
(内面の漆を削り落とします)
尺八という楽器は空気を振動させて音を出す:エアーリード楽器と言われます。
Wikipediaの解説によれば
クラリネットやサクソフォーンのように振動して音源となる簧(した:語源は葦/reed)といわれる薄片を使って出すリード楽器に対し、簧を使わず、空気を絞りビーム状にしてエッジに当て振動させるのでノンリード又はエアーリードと呼ばれます。これにはリコーダーやオカリナのように歌口からエッジ部分までが整形されている(「ブロック」を持つ)もの、フルートや尺八、篠笛、竜笛などのように奏者の口許の形状(アンブシュア)でビームを作るものがある。後者は単に音を出すだけでも熟練を要するのが欠点だが、ビームの形状、角度に対して奏者がコントロールできる幅が広いため、前者のタイプより音量・音色・音高・音域の幅が広い。
(簡単に歌口が外れればOK、がっちり嵌っていたらハンダこてで熱を加え、変形させて取り除きます。)
とあるように口元の形状,息の強さ、当たる角度をコントロールして音を出すのであって、それに伴い歌口の形状(入り口径、顎あたり角度、舌面カット位置、エッジ部の深さ)などが適正であるか(吹き易いか)どうかが尺八の音の善し悪しを決める要素の一つと考えられます。エッジ部に嵌め込まれた水牛の角(もしくはアクリル板)の硬度は影響すると思いますが形状(デザイン)は音質、操作性にはまるで関係ないのです。
このように念を入れて話すには以下の理由があります。
都山流の作り方、琴古流の作り方があり、それぞれの流派に即して作り分けられていると聞くことがあります。しかし音の出る構造はそんなに複雑なものではなく基本的なことは歌口で空気を振動させ、その振動を管内の気柱に共鳴させ音高を作るというものです。音量・音色・音高・音域を唇でコントロールする技術が流派の特徴、音色となって現れるものと考えられます(時に教える先生の癖も含まれます)。つまり琴古/都山という流派の使用楽器の違いを三角か楕円形かの歌口のデザインで分かるようにしてあるだけなのです。都山流の尺八を吹くと都山流の音がするのではなく、都山流の先生に習ったために都山流の音がするわけです。(琴古流の先生に師事すれば当然音色は琴古流)
管内の構造や指穴の位置など作り方により多少流派の好み、技法の適否は出ますが、鳴り易く、バランスが良いほうが優先です!
(取り除いた後に同じ形に竹を挿入。)
(きっちり隙間無く嵌め込む)
もう一つ流派の歌口について
もともと尺八には「何何流」という呼称・流派は無かったようです。
虚無僧音楽として江戸時代に発達した尺八は各地の虚無僧寺にいろいろな曲が生まれ伝承されていきました。その中で黒沢琴古が各地の寺に伝わる曲を集めて集大成して次世代に伝える中で琴古流と名称を形成したようです。
最初はどちらかというと京都明暗寺系、奥州系などという虚無僧音楽の中の「琴古系」ともいうべき範疇のようでした。そして、尺八の歌口の形は現在の琴古的なものもあれば三日月と三角を合わせたような形もあり定形ではなかったようです。
明治時代に関西で中尾都山という男が近代的な曲想で作曲された尺八曲を発表、楽譜出版や昇段試験制度など近代的な組織を作り上げ「都山流」と称したのに対し東京を中心に江戸時代から続く琴古系の人たちが「琴古流」と唱えたような気配です(類推ですが...)。その時に都山流で使用する尺八の歌口を現在のような三日月形に制定し、試験などでは基本的にこの三日月形の歌口が入った尺八を使用する規則になりました。今でも「持ち物検査」として最初に流派の歌口を確認すると聞いております。
これが歌口にこだわる迷信的なものを生み出した要因でもあるようです。
で、最初の修理の話。
この都山流の尺八、見事に琴古流に歌口が仕上がりました。
尺八教習その5 [今日の工房]
根磨きに続き,中継ぎの製作・装着・磨き・籘巻きです。
尺八という楽器作りの面白いのは、鋸やノミ、ヤスリなどを使う木工技術と管内を塗る漆の技術そして中継ぎに金属(金、銀など)を装着する彫金の技術など意外と多方面の加工技術が必要なことです。
その材料仕入れだけでも竹材、中継ぎホゾ、歌口用の素材(水牛・象牙・アクリル板)漆(生漆・透中漆・赤漆・呂色漆など)漆を塗る筆やブラシ、中継ぎ装飾(90%銀・18金・真鍮板・溶接に使うバーナーと金銀ロウ、フラッグス)そして磨くためのサンドペーパー、接着剤、2厘籘などなどなど。
日々これらを加工使用して尺八を作っていくのです。
「漆の余りで箸を塗ったり、漆を固めて漆玉を作って磨き、アクセサリーを作ったり、金銀の余りで指輪を作ったりしてくれたらうれしいんだけどな...」カミさんはのんきに言うのだけれど、この管内や外観を作る作業は結構神経と体力を使います....そんな余裕は無い!(こっそり作って喜ばせようか?いやデザインのセンスは皆無ゆえ止めとこ!)
銀一線を作ります。
先ず、中継ぎの装着部分の竹を削り、真鍮板をそのサイズ分切り取り、銀も叩いて伸ばす分を見積もって短く切り取ります。
真鍮・銀ともに溶接しアルミのテーパー棒にはめて丸く叩いておきます。
真鍮の輪の大きさに合わせて銀リングを金槌で叩いて伸ばし、溶接接着します。
上下2つ作り接合面を磨いて中継ぎに装着固定します。
ビニールテープで竹表面を保護し「地」を塗り付け乾いたらサンドペーパーで120→240→320→400→600の順で磨いていきます。
最後に金銀磨きのクリームで顔が映るくらいに磨き込みます。
籘を巻く分だけ削り込み籘をきっちり巻いて出来上がり。
朱合漆を塗って拭き取り乾けば完成となります。
同じように銀三線は上下に銀のリングのみを装着して後は一線と同じ過程で磨き籘を巻きます。
竹の土台に隙間無くきっちりとはめ込みしかもホゾが堅くて入らなくなるようなことが無いよう、ちょうど良い塩梅に銀の切断長さを決めるのがポイントです。
尺八製作教習 その4 [今日の工房]
根処理
内径が出来上がり、いよいよ外観の磨きに入ります。
先ずは根の処理から、ディスクサンダーで大まかに荒削りをします。
あまり削りすぎないこと、特に尻より3つ目の平に削る部分は仕上の段階で平らになるように削り残しておきます。
削る際は空研ぎペーパーと呼ばれる目詰まりしにくい種類のサンドペーパーを使用し、根3つ分の幅にカットして使います。。荒いヤスリから細かいヤスリまで粒度60→120→240→320→400→600の順番でかけていきます。
管尻、根の表面ともに手で感触を確かめながら細かいヤスリに移行していきますが、400、600を掛ける頃は手で触ってもツルツルの感触となり、快感!
サンドペーパーが終わって仕上に研磨剤の入ったコンパウンド(極細/粒度2000)を塗りつけ布で磨きます。
このままでもいいのですが、お化粧をしてあげます。
塩基性の染料(茶色ビスマークブロン)を水で溶いて好みの濃さにして根一面に塗り、乾いたら生漆又は朱合漆を塗り布で奇麗に拭き取ります。これを乾燥させては塗る作業を2〜3回繰り返して完成です。
どうです、美しいでしょう!